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恍惚境裡にただ独り

浪漫を糧に生きています

現代神話

宗教、とりわけ仏教とサイバー的なものの親和性の高さに興味がある。そもそも曼荼羅は見るからに基盤のようだ。まあ、完全に感覚でものを言っている。

 

ジョーゼフ・キャンベルだっただろうか。コンピューターの中にはあらゆる階級の天使が並んでいる、細いチューブは奇跡だ、それぞれの宗教は独自の、そして有効な信号体系を持った一種のソフトウェアである…と言っていたので、私は確信した。基盤はやはり曼荼羅であり宇宙だったのだ。

 

集積回路の中に宇宙があるとしたら、それはミクロとマクロを兼ね備えた浪漫だ。はるか遠くにある巨大な星を、地球から観測して画像データにすると、それは荒いドットとして私たちの目に映るのと同じ。

 

アイゼンハワー大統領がコンピュータで充たされた部屋に入り、機械に向かって「神は存在するか?」と問うと、コンピューターは"Now there is."と答えたという話と、「ユビキタス」という言葉が宗教的な文脈で「神の遍在」をあらわすために用いられるという話は完全に現代神話だと思った。

兵士の休息

戦うために生まれた兵士が、祖国から離れた土地で、かつて彼の戦場であった空を見上げながら、ひっそりと死んでいこうとしていた。どうやら戦争は随分昔に終わったらしい。もう自分のことなど誰も覚えていまい…。 


 

ある日、懐かしい日本語が聞こえる。おやこいつは珍しいこともあるもんだ、日本語なんて何十年ぶりに聞くだろう。驚きはそれだけではなかった。「待たせてしまってすまんなぁ…さぁ、帰ろうか」信じられない、祖国に帰れるなんて!凱旋ではないのが残念だけれども。 



長い旅を終え、目を覚ました彼はさらに驚くこととなる。なんとそこは、彼が生まれた格納庫ではないか?もちろん、当時と比べると見た目も置いてある工具も違ってはいたけれど、忘れるわけはなかった。隣で翼を休めている綺麗な迷彩服を着た青年が興奮した様子で話しかけてきた。「先輩、おかえりなさい!」 



もうここには、当時の彼を知る技術者も整備員もいない。しかし、技術はしっかりと受け継がれていた。ベテラン技術者が、若い技術者を導きながら、兵士を蘇らせてゆく。ボロボロだった手も、足も、そして翼も、すっかり美しくなった。 



そうして、若き技術者によって彼は新しい翼を授けられた。だが、その翼は空を飛ぶには弱すぎる。昔のように飛ぶことは、ましてや戦うこなどできないだろう。しかし彼は、その翼に満足していた。自分は戦うことしかできないと思っていたが、それだけではないことが分かったから。


これからもここで、祖国の技術者を見守っていこう。そう思いながら彼は永遠に翼を休めることにした。

 

数年前、飛行機をつくってる会社さんに見学に行った。そこでは、若い技術者が、ベテランさんに技術を教えてもらいながら第二次世界大戦時の戦闘機を復元してて。

遠い南の国で、ゆっくりと朽ち果てようとしていた戦闘機が、一部だけとはいえ祖国に戻ってきたことだけでもジーンとするのに、復元するためにかつてその戦闘機をつくった会社の現代の技術者が立ち上がるってアツすぎでしょ。今はもう当時を知る者は誰もいないのに、継承された技術は生きていたんだ!っていう。 


 

前回は技術の進歩から取り残されて緩やかに死んでいく飛行機の話をしたけれど、技術と部品さえあれば蘇ることもできるんだ。これは希望だ。

緩やかに死にゆく飛行機

自然から授かった命に限りがあることは誰でも知っているが、科学から授かった命も技術者に見捨てられた時点で終わるという意味で有限であるとしたら、ますますその境目は曖昧である。

 

私は、部品の枯渇で緩やかに死んでいく航空機を知っている。

もう彼の仲間は数機しか残っておらず、ごく限られた空を、ごく限られた乗客を載せて飛ぶ。飛ぶ度に寿命が縮むのは明らかだが、もうそれをどうにかする術はない。もしも致命的な故障が見つかったら、彼は静かに空から姿を消すだろう。

 

それを悲しく思うのは、まずは操縦士だ。翼をもがれることに等しい哀しさだ。

そして、整備士。若き日の整備士にとっては教師であり、今日の整備士にとっては手のかかる爺さんだった。

次に、毎日空を見上げていた飛行機好きの少年が気がつくだろうか、ひっそりと姿が見えなくなった古い機体を。

 

 

随分前になるが、AIBOのサポート終了云々の記事見ていろいろ考えてたら寂しくなってしまった時に書いたものを引っ張り出してきた。

勤めを終えた航空機がスクラップになるところを何度か見てるが、これはね、けっこう辛い。

スクラップが物理的な死なら、サポート終了は精神的な死だ。技術の進歩は目覚ましい。機械の命は、人より儚かなくなっているのかもしれない。

 

夜明けの位置

今はGPSやレーダーがあるから座標として自分の位置を知ることができる。

それでも、水平線しか見えないというのは不安でしかなく、特に夜は艦橋から見える僚艦のささやかな灯だけが心細さを少しだけ紛らわせる。

 

夜は、空と海は完全に溶け合い、星座の中を航海しているようだった。 



操舵手は、一瞬たりとも気を抜くことはできない。

彼は、針路を保つために小刻みに舵をきる。

海の意思は驚くほど強く、あるときはそれに逆らい、あるときはその身を委ねながら、船は進んでゆく。

水平線の向こう側にあるのは、明日という未来である。 



地球の自転と反対に進んでも、地平線の向こうには明日があるんだっていうのはとても不思議だと思う。